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制度変更と戦いの歴史
朝礼暮改的な猫の目制度を実際運用サポートする立場での悪戦苦闘の歴史を愚痴てみました(なんの解決策にもならないと思いますが)。ここは弊社の気休めのページです。もし暇ならば(失礼!)適当に見て下さい。
平成26年4月 消費税5%→8%に伴う変更 介護保険の改正によるシステム変更はきっちり3年間隔が守られてきたのに何で今年は変更が必要になったの?それは「消費税」です。介護保険料は非課税なのにと単純な疑問の方もおいでたりして。介護サービス事業は非課税なのですが仕入には課税されるるのが多くそのコストアップに対する救済です。サービスの種類により同仕入率が異なるので単数単価の変更です。弊社では制度変更前には恒例の説明会を実施していますが、今回も予定して会場も抑えたのですが、よきせぬ緊急事態が発生しました。それは複数部員の入院です。2月から3月にかけて各々1ケ月あまりの入院で説明会開催に「レッドカード」です。労務(健康)管理の不手際を反省します。やむなく説明会は中止に追い込まれ、制度変更対応の奔走です。この時期もう1つの特殊事情が重なっています。それは4月上旬に迫ったXPのサポート終了問題です。長年使用期間ながかったのですが、とうとう寿命です。その分現役パソコンも多く弊社では前年夏頃から更新作業を行っていたのですが年が明けてから急増しパソコンの品不足と円安のパンチで多忙を極めてる最中の出来事です。さらにとどめは弊社のかねてから工事を進めてる新社屋が3月末に完成し5月の連休で引っ越しが決まっていました。もうパニック状態です。悪い時には重なるものでさらに退院した社員が今度はインフルエンザを発症し出社停止!!もう駄目、駄目。今日があるのは当初予定していなかった派遣社員を投入してこの緊急事態を乗り切ったのですが、もう二度とこんな思いはしたくありません。
平成25年4月 障害者総合支援法施行

今年も制度変更がありました(形式的には法律が代わった)。
平成15年 4月 措置費制度 → 支援費制度
                (一部措置費残る)
平成18年 4月     自立支援法に変更
平成18年10月     電子請求始まる
    この間ほぼ毎年ちょこちょことシステム変更
    (政権交代もあったりして)
平成24年 4月     一部児童福祉法に移管
平成25年 4月     総合支援法
             (難病者も対象に)
 システム屋泣かせです。今回は難病が対象になりましたね、当然で遅いくらいですよね。システム的には大きな変更はないですね、当地北陸で区分変更が多少あったくらいですが、予定からすると数年間はシステム変更が続きそうですね。まあ「こんな年があってもイイカ」ですよね。介護保険は3年間隔と決まっているので予定が立て易いのですが、障害者関連は毎年になってしまった感がある(給与の年末調整プログラムに近い)。いつになったら落ち着くのやら?
平成24年3月 今回の制度変更はきつい

今年は「介護保険」「医療保険」「障害者自立支援」に「児童福祉」が加わりました。一つだけでもしんどいのに。3月末に廃止になる時限措置の介護職員処遇改善交付金(交付金)が名前を変えて介護職員処遇改善加算(加算)になるそうで、ここで一言、交付金が加算に化けて改善率の金額に算入してあたかも介護報酬がアップしたかのようにPRする官僚さんたち。流石世界一の官僚組織。財源もたりなくて報酬はあげられないし、いまや3kの仲間入りした感のある介護職員さんたち、身近で見ていると「意思」「モラル」の高い人が圧倒的に多い業界です。相手が人だけにロボットで自動化して介護するわけにもいかず、まだまだ人手によるサービスが必要です。なんでも日本人に低賃金で嫌われ外国人(インドネシアやフイリピン)の研修生を受け入れて人手をまかなうらしいが、日本語の難しさに介護福祉意士試験に合格はハードルが高い、元々来日の研修生は頭がいいのですが4年で合格しないと帰国しなければならないのそうだが、今回初の合格者だ出たそうで、めでたし!メデタシ!。日本としては経済連携協定(EPA)によるのでこれで官僚もインドネシアからしかられなくてすむのかな?。まあ話には裏があって元々研修生にしてみれば合格しなくてもさほど問題無いとか?何故。日本で研修して帰国するとそれだけ「ハク」がついて本国では重宝されるとか、そりゃあそうだ。話がそれました。今社員は走りまわっています。おかげさまでちまたでは低景気や消費税増税なのですが超多忙状態です。お客様の信頼に答えるべく使命感でお伺いしています、5月10日17:00を乗り切れば又3年後に会いましょう。(H24.3.30)
2011年9月 障害者自立法10月より一部改正

今年も10月と来春4月にも変わるだって制度開始以来変わっていない年有りませんよ何故こんなに変わるのかな?事務屋としての戦闘意欲薄れぎみ、もっとも事業者様各位はもっと大変と思いますが。児童ディサービスは児童福祉法へ移動。あげくのはて平成25年夏には廃止ですか「障害者総合福祉法」ですか?政治家のみなさん本当によくなるのですか、ふりまわされるのはカンベンして下さい。
2011年 6月 介護保険法案成立6月15日

今回は早く成立しましたね(初めてですよね)施行規則等もこの調子で早く出てくれると事業者様も事務屋の弊社もゴルデンウイークはゆっくり出来るのですが、どうでしょうか?。ところで24年3月までの「介護職員処遇改善交付金」(いわゆるキャリアパス制度)の恒久化はどうなるの?職員の皆さんの意識は高いのですが、やはり有るもが無いとね萎えますよね。
2009年 4月 介護保険法改正
2008年 4月 後期高齢者医療制度施行
過去にない大きな制度改革になり、訪問看護ステーションにとっては、請求業務の複雑化により、大変苦労された年になりました。後期高齢者医療広域連合の設立、前期高齢者の費用軽減策といった大幅な「請求業務処理」の変更がしいられ、セミナーを北陸各県に行いました。参加者のユーザー様から質疑も出ていました。請求時期には、多くの問合せを想像していましたが、平常並みの問合せ件数に、肩すかし状態でした。4月中旬までに、問合せが集中し、利用者の保険情報変更等を事前に処理していただいたおかげですかね?
2006年10月 障害者自立支援法本格施行

いよいよ電子請求が始まるのです。少数の大規模事業所を除いて中小事業所ではパソコンに明るい職員がいないのです。「電子請求とはなんぞや」「電子証明て何?」国保連様の説明会に参加させてもらいました。当社のようなIT業者なら少々理解するもですが、お客様に感想を聞いてみても「さーぱり判らないので、森長さん宜しく」でお任せいただきましたが、伝送ソフトだけで運営を考えている事業所様では専門の業者との関係すら無い状態でした。専用ソフトの購入予算もないし、知人、家族にIT明るい人が見つかるところはまだましで、その関係すら築けない事業所が当地北陸で多数あります。(そこで「当ホームページ商品紹介の障害者伝送ソフトサポート契約」の商品が出来たのですが、余談)伝送ソフトのセットアップや操作説明、その後のサポートもしてほしいとの要望で急遽商品開発を行うほど、お客様側の準備インフラが整っていない。介護保険の伝送は事業規模がしっかりしてたのでこれほど酷くなかたし。「紙」や「媒体」提出の逃げ道が用意されていたのですが、今回は全事業者一斉で「伝送」しか方法がない、問答無用のお上(かみ)の姿勢、上から目線!!本制度を機に本格的に障害者施設様にお取引を始める(以前から特定のサービスげ限定して営業活動はしていたのですが)ことになりました。その時に「千鶴」の開発元である西日本オフィースメイション株式会社様には色々お世話になりました。今日あるのは同社様のお陰です。大変感謝いたしております。
2006年 4月 介護保険法改正 障害者自立支援法一部施行

将来の介護保険法との合体を目指して?障害者自立支援法がスタ−トしました。内容はなるほど仕組みや用語までそっくりの「ぱくり」の制度ではないか?居宅介護支援事業所と認定審査会が無いくらいで他は殆んど同じでだ。弊社も将来を見据えて参入を決めましたが、法とは別に障害者業界は老人の世界と少々異なり「身体」「精神」「知的」と判れ作業内容も異なりやはり単純にはいかない何時もそうなのですが立ち上がりに業界用語の理解から苦労させられました。
2004年 3月 市町村合併始まる
もう死ぬまで経験しないであろう市町村合併。幸いにも?貴重な経験をさせてもらいました。当北陸では富山県は35→15市町村、石川県41→19市町(村は無し)、福井県35→17市町(村無し)となりました。弊社では北陸で最初に合併された3町→市への対応を偶然にも経験させて頂きました。これがのちに始まる大量合併事例の先がけとなり、大変助かりました。当然市町村合併を経験された人は現役で誰もいませんのでコンピュターシステムの変更点は?どのような事前準備、問題点、費用はなどなど判らないことずくめ、誰もほとんどしらない「こうなるのでは?」など無責任!!。コンピュター会社は違う正確に把握しないとお客様に大変な迷惑がかかる、でも誰も知らない。最初の案件は踏み台か?まさか。多数の意見より集約化で「多分こうなるのでしょう」と前提で商談、見積、準備、実施。今から思えば沢山の人に助けられました。励まされ、監督官庁様より最新情報を遂次頂きながら皆さん協力的です、ミスっても暖かい目で見られ、関係者各位有難う御座いました。印象にのってる処理として各市町村のデーター併合作業や非保険者番号の変更、保険者番号の変更、これコンピュターにとって大変な作業主「キー」ですから。「松井」「イチロ」の背番号を「球団内」で変えるみたいな作業。
2003年 4月 支援費制度始まる
障害者自らがサービスを選択し、事業者との対等な関係に基づき、契約によりサービスを利用する仕組みに変わり、障害者の自己決定を尊重し、利用者本位のサービス提供を実現することを目的として、スタートしました。事業所では、契約に基づいてサービス提供すために、契約書、説明事項等といった書類整備に、時間をついやしていましたが、支援費システム開発会社では、請求業務の全国共通化に伴い、サービス算定する計算式が、介後保険と相違のため、苦労が絶えません。介護保険のサービス算定は、サービス開始時間、日中、夜間帯等で算定するようになっていますが、支援費は、日中帯にサービス開始になっても、夜間帯の提供時間のほうが長いと、夜間帯で算定するというように、「サービス開始」と「提供時間」の2つの要素を考慮して計算するようになっていますので、施行最初の請求については、事業所様より、「算定があっているか?」との問い合わせをいただくことがあり、当社でも手計算で確認することもあり、10日過ぎるまで、サポ−トは落ち着くことがなかったです。
2002年 4月 支給限度額1本化
介護保険制度の一番、矛盾したものが、「短期入所サービス」と「支給限度額」との関係で、3月までは、短期入所サービスは「日数」で管理し、支給限度額外として管理するようになっていましたが、制度設計上は、「日数」は支給限度額内として、管理するように、「支給限度額と日数の単位を設定している」とのことで現場が混乱になっていました。介護保険改正年(平成15年)を待たずして改正され、「短期入所振替利用制度」となるものも廃止されました。当時は、1ケ月に利用できる短期入所が介護度によって、制限されていました。当時は、批判の声も多く、「なぜ、利用日数分を支給限度額内に収めるのか! 保険給付額が少なくするのはなぜか!」というような意見を国に求めたりしていました。現在の「連続30日利用」や「認定期間内の半数超え」というようなものも一本化の制度改正によって生まれています。
2000年
 4月〜8月
システムトラブル頻発
 中部の某市(政令指定都市)の社会福祉協議会様5月10日の請求断念報道が新聞に大きく流れる理由は「システム開発の遅れ」もしや弊社納入のシステムは大丈夫か?「大丈夫じゃない」。
全国の国保連様もシステムトラブルを予想されての「見込み請求予想額の70〜80%(記憶定かでない)を必要ならば暫定的に支払います」との方針がでたくらいでしたから。各社おなじなんだなと変な安心感?
法の解釈で開発元と激論。じゃあ監督官庁に各々聞くが担当者まで回答が異なっている「お上」も人間、制度の見解不統一だ。予防策で誰がいったか「名前」を聴くことを学習。システムはどうなるの?とりあえずエイヤーだ(こんなことでいいのか?)
 4月末に仮締めしてレセプトの点検を各お客様に案内するも。お客様も出てきたレセプトが正しいのか間違っているのか判断できない(失礼)。これまだ印刷されるだけましな方、エラーで印刷さえも実行されない。開発元に即連絡。なかなか連絡とれないセンターパンク状態。想定外の入力もあった(たとえば訪問介護事業所で1人に1ケ月100以上訪問サービス提供【レセプトは2桁しか印刷出来ない仕様】)5月上旬はちまたではゴールデンウイーク祭日だらけ。
なんでこんな処に祭日があるのだと言っても何の解決にならないのに。その祭日のある日開発元に連絡。なんと回線つながらない(呼び出し音聞こえない)
後で判明したのですが開発元あまりに電話が多いので回線切断してたとの事
いまから思えば笑い話ですが当時の状況は推測できますので許します。
又お客様から聞いた話ですが同業他社様では「伺います」と言った業者が来たのは「朝4:00」これには怒れなかたどころか「同情」してしまったとの事。
「国」「国保」「県」等の監督官庁様、「お客様」それに「システム業者」誰も悪くない誰もわからない。当時の厚生省曰く「走りながら考える」よく理解しました。国保連様には5月10日以後も受け付けて頂きました(もう時効と思われるので)有難う御座いました。又お客様より怒られるどころかやはり励まされる日々でした、これまた暖かい配慮感謝しています。
2000年 4月 介護保険施行
 静かな制度開始日(過去に消費税の施行日平成元年4月1日はシステムが自動稼働してトラブルがないか会社待機していました。この日も不安な1日を過ごした経験があるので)
 特に心配したトラブルもなく、拍子抜け。もっとも制度上初回請求期間の5月1日から10日が山と想定されていましたが。各県の国保連様と情報連絡を密にしてお互いのシステム状況の交換をしていました。
2000年
 1月〜3月
介護システム納入に廻る
 介護システム納入に廻る みなさん御手配がゆっくりで1999.12下旬注文が1件も無い。営業会議では前例のない注文があると報告していたのに「狼少年になる」最悪クビかも(ここ半年以上通常の注文も激減している、超多忙なわりには営業成績は最悪の状態でした)いよいよ年末で会社の大掃除日になりました。今でも忘れていません某お客様からまさに掃除の真っ最中に注文の連絡が入る。介護保険対応システムの第1号得意先の確定です。開けて年明けから今までは何だったんだと思われる程、津波のような注文の山、山、山、各手配、内容確認、工程調整でてんてこ舞、3月中旬にはパンク、受注ストップ。これ以上受けたら4月の開始に御迷惑がかかるとの判断で営業停止。営業部隊も応援部隊も納入に専念。これから今まで以上の困難がまってると誰が予想できたでしょうか。
1999年 8月 元自民党亀井静香代議士を静める為に介護保険料当初半額に決まる

2000年4月スタートに向けて事務方(コンピュター会社も入れて)が全速力で走っているのに、導入に「意義有り」で今頃のなって保険料を半額にする、一年間だけど。当時(今も連立与党政権の代表ですが)自民党の実力者だけにその意見に厚生省官僚(現厚労省)はさからえず、急転直下決まった。「なってこった」小生は無党派ですがちょっとイメージが悪くなりましたね。事務方はそれでなくても導入に向けて右往左往してるのに・・・・時間があれば何でもないのですがカウントダウン中で手戻りまで発生する。導入前夜の苦い思い出です。
1997年
  12月9日
介護保険法案成立
 いまでは当たり前の「介護保険」て何だ?????。当時オフコンの2000年問題が目前にせまりオフコンのシステム改修が直近の問題点として浮上していました。当然弊社でもその対策に追われる毎日でした。翌1998年夏頃になると「介護保険」の情報が増えつつあり「認定審査会」「ケアプラン」「アセスメント方式」「一次訪問調査」などなど又々聞きなれない用語が沢山。調べてみてビックリ業務量も膨大でシステムの納入予測も前例がない規模が予想されました。そこで弊社では2000年問題は1998年で完了し1999年は介護保険市場に特化の方針が打ち出され、それに向けての準備が始まりました。これがそんなに簡単ではありませんでした。なにせ初めて制度なので情報量が絶対的に不足しています「政府刊行物」本屋さんに通い詰めです(当時インターネットはそんなに普及していませんでした念の為、弊社でも接続されていたパソコンは2〜3台程度で導入は相当早い方だったと思います。余談MS-DOSにTCP/IPをインストールしてWINDOWS3.1を入れて、ネットスケープでした.昨今主流のインタネットエクスプローラは卵もない時代からです)
 とりあえずの目標を「アセスメントの方式」と「認定審査会」に絞りお勉強開始!!。これまた???の連続なんとアセスメントの方式が10弱も乱立「1つじゃないのか」と愚痴も出る程、またお互いに何の関連も見いだせない
「認定審査会」これまた???わかんない。弊社メ−カの富士通殿の東京から先生を呼び制度説明のレクチャを受けわかったようなふり。しかし人間とはおそろしいもので毎日、毎日繰り返していると自然と覚えてします。判ったような気分で仕事を進めると社内やお客様が聞いてくる→すると答える為に又勉強する→また聞かれる→調べるの循環で徐々に理解が進みます(知ったかぶりも役に立つぞ)社内に営業員の増員をお願いして、とりあえず1999.10から開始される認定審査会に標的をしぼる。平行してサービス事業者にもPR開始。
徐々に引き合いが増え「お勉強」「営業活動」の繰り返しで毎日、帰宅23:00前後(これ2000.6頃まで続くことになりましたが)
1996年 医療保険分野の訪問看護システム 第1号得意先納入
 当時オフコンで販売、会計、給与などのシステムを主力にとりあつかっていました。医療分野にはかねてから参入をもくろんでいましたが既存の病院様や医院様などは大手同業者が得意とし新規参入には困難が予想されていました
ある日DMが送られてきました「訪問看護ステーションシステム」これはなに「?????」意味不明でした石川、福井、富山県庁に出向き調査してみると北陸3県で訪問看護ステーションなる施設が10数施設開設していました。早速開発元の富士通岡山システムエンジニアリング様の協力の元の営業活動の結果目出たく契約に至りましたが、当時の弊社にとって異業界でシステム立上には困難が伴いました。「レセプト??」「ディサービス???」などなど用語がなかか頭に入らない連続でした。お客様には御迷惑をおかけしました(そのお客様とは今でも取引が継続しています)。当時のパソコンはMS-DOSで、有名になったWINDOWS95の前身の時代のシステムでした。
 その後北陸3県に順調にお客様が増えていきました。
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